12月20日の日銀ショックにより、先行き不透明感が強まった金融市場 ~2%物価目標と財政法第4条

三井住友信託銀行株式会社のプレスリリース

 12月の日銀の政策決定により、国債利回りは上昇し、市場の歪みは拡大した。
 これまで日銀はタブーとも言われていた中央銀行による長期金利のコントロール(YCC)を政策の柱としてきたが、その持続性に大きな疑問符が付くことになった。しかし、仮にYCCが続けられたとしても、今後輸入インフレの影響が剥落して行く中で、国債市場の機能が麻痺するほどの金融緩和政策を10年間続けて達成できなかった、「2%物価目標」到達の有効な政策であるのかは更に大きな疑問である。
 金融政策の出口の議論は時期尚早かもしれないが、「2%物価目標」を今後も続けることの妥当性と目標達成へのアプローチの適格性については早急に再検討する事が必要である。
 日本は一度決めたことを自ら軌道修正をすることが苦手で、当初の目的を忘れ、ルールを守ることが目的化してしまう傾向が強いが、一方、ワールドカップでのドイツ戦・スペイン戦でのハーフタイムの戦術変更や選手交代が大きな成果に繋がったように、一度方向性が決まると、ゴールに向かって突き進む強さを持っている。
 異次元緩和10年の節目が、わが国の政策運営を変える機会となることに期待したい。

 昨年の金融市場は米国の金融政策の行方を巡って一喜一憂する展開が続いたが、12月20日の日銀ショックが加わったことで金融市場の先行き不透明感は一層強まった。
 米国の物価上昇率は鈍化しているが、これはエネルギー価格と自動車などでコロナ禍の供給制約の影響が一巡したことの影響で、国内景気の強さを反映した家賃などのサービス物価はジリジリと上昇している。金融引き締めの打ち止めや、利下げへの転換を期待するのはやや楽観的な状況にあり、FRBは金融市場の利下げ観測をけん制している。
 日銀の声明文や黒田総裁の会見を素直に受け止めると、12月の決定は金融政策の変更ではなく、イールドカーブコントロール(以降、YCC)のオペレーション変更による金利コントロールの強化で、金融引き締めではなかった。しかし、日銀が「YCCのレンジ拡大は実質的金融引き締めにあたる」との見解を示していたことから、金融市場はレンジ幅拡大を日銀の政策転向と受け止め、更なるレンジの拡大やマイナス金利政策の修正に対する警戒感を強めた。
 過去の発言との整合性以外でも、下記のように12月の日銀の決定には金融市場とのコミュニケーション不全が多く指摘されている。

  • 「市場機能の低下」に対して懸念を表明している一方で、全年限でYCCを実施するという市場のプライシング機能を否定するかの様な施策を打ち出していること。
  • 引き締め政策でないのであれば、10年債のレンジを拡大せずに、他の年限を適正イールドカーブ水準まで引き下げればよいのではないか。
  • 10年国債をゼロ%程度で推移するという政策目標を変えずに、変動幅を±0.5%まで拡大したが、日銀が意図している「ゼロ%程度」の「程度」はいったいどこまでなのか。±1.0%や±2.0%でもゼロ%程度とみなされるのか。

 
 日銀が伝えたかった意図を正確に把握することは出来ないが、日銀の発したメッセージが市場に正しく伝わらなかったことは事実で、結果として国債利回りは上昇し、市場の歪みは拡大した。
 これまで日銀はタブーとも言われていた中央銀行による長期金利のコントロールを政策の柱としてきたが、その持続性にも大きな疑問符が付くことになった。しかし、仮にYCCが続けられるとしても、これから輸入インフレの影響が剥落して行く中で、国債市場の機能が麻痺するほどの金融緩和政策を10年間続けて来ても達成できなかった、「2%物価目標」に到達するための有効な政策であるのかは更に大きな疑問である。
 2018年に雨宮副総裁が京都で行った講演の中で、2%の物価目標について説明をされているが、要約すると、物価統計には上方バイアスがあるので物価の目標は若干のプラスが適当、加えて、利下げのための「のりしろ」を確保するためにも、プラスの物価上昇とプラスの金利が必要。諸外国の物価目標は概ね2%程度がグローバルスタンダードとなっているので、為替の安定のためには日本も他国同様に2%に設定することが重要と説明されている。
 最新の物価展望レポートにおける、日銀の物価見通しは2022年度3.0%、2023年度1.6%、2024年度1.8%となっており、輸入インフレ効果もあり2%物価目標の「のりしろ」の範疇には入ると見ているようである。10年国債の±0.5%が「ゼロ%程度」であるならば、「2%程度」の物価上昇は達成していると言えそうな気もするが、この先も、2%目標未達として異次元金融緩和を続けていく事になるのであろうか。
 金融政策の出口の議論は時期尚早かもしれないが、「2%物価目標」を今後も続けて行くことの妥当性と目標達成へのアプローチの適格性については早急に再検討する事が必要である。
 
 金融政策に限らないが、日本人は一度決めたことを自らで軌道修正することが苦手なのではないかと感じる事が多い。
 財政法では「国の歳出は、公債又は借入金以外の歳入を以て、その財源としなければならない」と定められており、国債の発行は公共事業や災害復興などを除き原則的に禁止されており、「特例」として赤字国債の発行が認められている。しかし、現時点で赤字国債は特例どころか財源の柱として常態化しており、国会の議決も形骸化している。
 財政法が有名無実化していることもあり、国債の発行額は膨張を続けており、一部では財源確保策として国債の償還ルールを見直すという議論も出ているようである。しかし、財政赤字が拡大しているものの、将来の成長に向けた支出を増やせていない中で必要となるのは、安易な償還ルールの見直しではなく、財政の入り口から出口へのアプローチを整理することである。
 過去債務の問題もあるので、単純に仕分けすることは難しいが、インフラ整備に限らず、教育、安全保障など将来世代にも恩恵がある歳出は償還計画を明らかにしたうえで国債発行を可能とし、一方で社会保障費など現在の世代に限定的に支出される歳出は税収と社会保険料で対応するというような世代間の負担と受益を踏まえた区分けをするというのは一案と思われる。また、特例国債の発行は、経済危機や災害、パンデミックなど文字通りの特例時に限定し、基本的に中央銀行が引き受ける永久債的なものとすれば、危機時に機動的な財政運営が可能となるのではないかと思う。
 
 繰り返しになるが日本人は一度決めたことを自ら軌道修正をすることが苦手で、当初の目的を忘れて既存のルールを守ることが目的化してしまう傾向が強い。
 金融政策における「2%程度の安定的な物価上昇」や財政政策における「ワイズスペンディングの徹底や、プライマリーバランス黒字化」は理想的な目標ではあるが、残念ながらそのゴールは現在の延長線上には見えていない。
 先の、サッカーワールドカップでのドイツ戦やスペイン戦ではハーフタイムでの戦術変更や選手交代が大きな成果に繋がった。日本人は軌道修正をすることは苦手でも一度方向性が決まると、ゴールに向かって突き進む強さを持っている。
 異次元緩和10年の節目が、わが国の政策運営を変える機会となることを期待したい。​

 ※  本レポートは作成時に入手可能なデータに基づく情報を提供するものであり、投資勧誘を目的としたものではありません。また、執筆者個人の見解であり、当社の公式見解ではありません。

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