家計の話をするとき、私たちはつい「理想の自分」を基準に置いてしまいます。毎月いくら貯めるべきか、どの指数に積み立てるべきか。議論としては正しいのですが、正しすぎて続かないことがあります。400年前のスペイン文学には、その正反対に立つ人物がいます。ロバに乗って主人の後ろをついて行き、常に報酬と食事の心配をしていた従者、サンチョ・パンサです。

騎士は風車に突っ込み、従者は勘定を数えた
ミゲル・デ・セルバンテスの『ドン・キホーテ』は、1605年に前編、1615年に後編が出版されました。騎士道物語を読みすぎた主人公が、風車を巨人だと思い込んで突撃する場面はあまりに有名です。
一方のサンチョは、そのすべてに対して身も蓋もない指摘をします。あれは風車だと言う。報酬の約束を何度も確認する。宿と食事を確保する。そしてことわざを次から次へと繰り出して、主人の暴走を止めようとします。
文学史のなかで、サンチョは長らく「現実主義」の代名詞として扱われてきました。笑われる役回りでもあります。しかし家計という文脈に置き換えると、この二人の役割分担は急に生々しくなります。資産形成の計画を立てるのは騎士の仕事ですが、それを実行するのは従者の仕事だからです。
十日間だけ島を統治した男
後編には、サンチョの人物像がよく出る挿話があります。公爵夫妻のいたずらで、彼は「バラタリア島」という架空の領地の統治者に据えられるのです。周囲は無学な農夫が失態を演じることを期待していました。
ところがサンチョは、持ち込まれる訴訟に対して意外なほど公正な裁きを下します。常識と観察眼だけで判断し、派手な制度改革はしない。そして、わずか十日ほどで自ら統治者の座を降ります。
ここが肝心なところです。彼は失敗したから辞めたのではありません。この椅子は自分の身の丈に合わない、と判断したから辞めた。家計に置き換えれば、「まだいけると思えるところでやめる」という、実行がもっとも難しい判断に当たります。

1848年、その名がハバナで葉巻になった
話は19世紀のキューバに飛びます。1848年、ハバナでドン・エミリオ・オームステッドという人物が「サンチョ・パンサ」という商標を登録しました。セルバンテスの従者の名が、そのまま葉巻のブランド名になったわけです。
なぜ主人ではなく従者の名前だったのか、はっきりした記録は残っていません。ただ、当時のハバナには文学や王侯から名を取ったブランドが数多くあり、その系譜のひとつと見るのが自然でしょう。いずれにせよ、このマルカは現在もHabanos S.A.のブランドとして続いています。
味わいは、キューバ葉巻のなかではミディアム寄りとされ、わずかな塩気を感じる個性で知られます。大きめのサイズを複数揃えているのも特徴で、代表的なベリコソスはカンパナ型、長さ約140mm、リングゲージ52。すべてtotalmente a mano con tripa larga、つまり長い葉をそのまま使う完全手巻きで、葉はピナール・デル・リオ州のブエルタ・アバホ地区産です。日本でもサンチョ・パンサという名のキューバ葉巻ブランドは取り扱いがあり、170年以上前に決まった名前のまま流通しています。

「教養娯楽費」という項目の正体
総務省統計局の家計調査によれば、二人以上の世帯の教養娯楽費は月あたりおよそ3万円の水準で推移しています。サブスクリプション、書籍、旅行、趣味の道具などがここに入ります。
注目すべきは金額よりも構造です。この項目のなかには、性質のまったく異なる二種類の支出が混ざっています。
- 月額課金のように、契約した瞬間に判断が終わり、以後は使っていなくても出ていくもの
- 年に数回の単発購入のように、支払うたびに自分で決め直すもの
家計が静かに痛むのは、ほぼ前者です。金額が小さいために検討の対象から外れ、しかも解約には手間がかかる。一方、後者はその都度ためらいが発生します。ためらいが発生する支出は、放っておいても暴走しません。
サンチョ式の買い物
従者の振る舞いを家計の手順に置き換えると、だいたい次のようになります。
- 金額ではなく頻度で分類する。毎月出ていくものと、自分で選び直すものを分ける
- 契約する前に、やめる条件を先に決めておく
- 報酬の約束は何度でも確認する。サンチョの執拗さは疑い深さではなく、条件を明文化する習慣だった
- 実績はことわざではなく数字で持つ。印象は必ず自分に都合よく歪む
この四つを守ったうえで、年に一度か二度、はっきり意識して選ぶ贅沢を残しておく。それは家計の例外ではなく、むしろ例外を一箇所に集めるための設計です。どこにも例外を置かない家計は、たいてい長続きしません。
風車に突っ込まない
ドン・キホーテは物語の主役です。読んで面白いのも、記憶に残るのも彼のほうでしょう。しかし家計の主役に据えるわけにはいきません。必要なのは、ロバに乗って後ろからついて行き、所持金を正確に把握し、やめ時を自分で決められる人物のほうです。
1848年のハバナで、誰かが同じことを考えたのかもしれません。騎士ではなく従者の名を箱に刷ったのは、偶然にしてはできすぎた選択に見えます。
※喫煙は20歳になってから。
