犬において腸内細菌叢から歯周病関連菌が検出された。かつ検出群ではほぼ全ての疾病の有病率が上昇
アニコム損害保険株式会社のプレスリリース
アニコム ホールディングス株式会社(東京都新宿区、代表取締役 ⼩森 伸昭、以下 当社)では、当社グループが実施した犬の口腔内・腸内環境とがん発症リスクの関係における調査(以下 本調査)の結果を受け、当社子会社であるアニコム損害保険株式会社(以下 アニコム損保)を主体として『がんを含む全ての疾病予防に係る共同研究』の参加者募集を開始いたします。共同研究では口腔ケアを通じたがん等の予防の可能性を検証し、ペットは勿論のこと、ヒトにおけるがんの予防に向けた研究・啓発に取り組むとともに、口腔ケア以外の取組みも推進し、がんを含む全ての疾病の予防を目指してまいります。
1.本調査の概要
本調査は、アニコム損保に契約している犬を対象に実施しました。調査の結果、犬の口腔内・腸内環境はがんを含めたほぼ全ての疾病の有病率に密接な関係があることが明らかとなりました。本調査結果は、7月20日に開催された「第78回 NPO法人日本口腔科学会学術集会」にて発表されました。
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(1)犬の腸内細菌叢から歯周病関連菌が検出される割合は12%。加齢とともに上昇する
犬の腸内細菌叢における歯周病関連菌(※1)の有無を調べたところ、12%の犬の腸内から1種類以上の歯周病関連菌が見つかりました。仮に歯周病関連菌が腸内細菌にとっての善玉菌ならば、唾液とともに大量の歯周病関連菌が腸内で善玉菌として受け入れられ、ほぼ100%の確率で検出されると推測されます。しかし本調査では、僅か12%しか存在しませんでした。これは体の免疫が働いた結果、歯周病関連菌が悪玉菌と判断され、検出率も12%と低い割合に抑えられていることが考えられます。
さらに腸内の歯周病関連菌の検出率は、加齢とともに上昇しています。これは加齢にともない口腔内の健康状態が悪化し、歯周病関連菌が増加し体内への流入量が増加すること、また腸内の免疫低下によって消化管内の歯周病関連菌の増殖を許したことが原因だと考えられます。
※1 歯周病関連菌:アニコム損保の保険金請求データとどうぶつ健活(腸内フローラ測定検査)データを用いて当社グループのラボが選定した、歯周病罹患と関係があると考えられる細菌20種。
(2)腸内における歯周病関連菌の存在は、73%の疾患の有病率を上昇させる
腸内に流れこんだ歯周病関連菌の保有の有無と保険事故発生率の関係について調査したところ、全ての年齢において、腸内に歯周病関連菌を持っている犬ほど保険事故発生率が高い(病気になりやすい)ことが明らかになりました。さらに腸内細菌叢から歯周病関連菌が検出されると、全ての年齢で犬の15の疾患分類のうち11疾患(※2)、すなわち約73%の疾患において有病率を上昇させることが分かりました。これにより犬において「歯周病が万病の元」であることが一定程度示唆されたと考えています。
西オーストラリア大学のロビン・ウォーレン名誉教授とバリー・マーシャル教授は「ピロリ菌が胃炎や胃潰瘍の原因である」ことを発見し、2005年にノーベル生理学・医学賞を受賞しています(※3)。経口摂取したピロリ菌と胃の疾病の関係性は、本調査を通じて明らかとなった消化器経由で腸内に侵入する歯周病関連菌と全ての疾病の関係性と、同様のものであると考えられます。
※2 15の疾患分類のうち11疾患:アニコム損保のペット保険で定める15の疾患分類のうち、消化器疾患、呼吸器疾患、血液および免疫疾患、泌尿器疾患、眼および付属器の疾患、全身性疾患、歯および口腔内の疾患、筋骨格系の疾患、内分泌系の疾患、肝胆膵系の疾患、神経疾患の11疾患。
※3 従来ピロリ菌が胃に存在する可能性は指摘されていたものの、強酸である胃酸によって定着できないと考えられていました。そこで教授らはピロリ菌を経口摂取して自らの体で胃炎が発症することを再現するとともに、潰瘍部分の生検を通じて実際にピロリ菌を検出することに成功しました。さらに胃炎治癒後に再度患部であった箇所を生検したところ、ピロリ菌が検出されないことを確認しました。これはコッホの原則(ある病気には一定の微生物が見出される/その微生物を分離できる/分離した微生物を感受性のある動物に感染させて同じ病気を起こせる/その病巣部から同じ微生物が分離される)に即した事象であるといえます。
(3)腸内細菌の多様性が低下するほど、疾病の有病率が上昇することが明らかに
病気の予防には免疫が大切であると広くいわれてはいますが、これまで免疫を客観的に評価する指標は存在しなかったと認識しています。そのため有病率との関係がみられる腸内細菌の多様性という指標の発見は、すなわち免疫の一部の数値化に成功したものであると考えています。
(4)腸内細菌の多様性低下の原因に、歯周病罹患が存在した
前年に歯周病に罹患していた群としていなかった群を比較したところ、歯周病罹患群の方が腸内細菌の多様性が低下していたことが分かりました。
(5)腸内環境の善悪および歯周病関連菌の有無が、腫瘍性疾患リスクにも関係
アニコム損保の保険契約件数が多い上位30犬種のうち、腫瘍性疾患における請求割合が10%を越えている10犬種(アメリカン・コッカー・スパニエル、ウェルシュ・コーギー・ペンブローク、ゴールデン・レトリーバー、シェットランド・シープドッグ、バーニーズ・マウンテン・ドッグ、ビーグル、フレンチ・ブルドッグ、ボストン・テリア、ミニチュア・シュナウザー、ラブラドール・レトリーバー)の腸内環境の善悪および腸内における歯周病関連菌の有無と腫瘍性疾患の有病率の関係について調査したところ、どの年齢帯においても「腸内環境が悪い+歯周病菌を持っている群」は「腸内環境が良い+歯周病菌を持っていない群」に比べて、腫瘍性疾患の有病率が高いことが分かりました。
2.腸内細菌と歯周病菌に関する当社の考え方
(1)食物の組成と腸内へ運ばれる成分
食物は基本的にタンパク質・脂質・炭水化物(糖質・繊維質)で構成されますが、タンパク質や脂質・糖質は口腔内や胃・小腸の消化酵素によって分解・吸収されます。そのため大腸で便となるのは、難消化性の繊維質が中心となります。
(2)細菌の種類と“食性”
①腸内細菌は“ベジタリアン”が多い:前述の通り、大腸に届くのは難消化性の繊維質が中心です。この繊維質を主食とする細菌が多々存在するため、腸内細菌はベジタリアンが多いといえます。
②歯周病菌は“肉食細菌”:歯周病菌はプロテアーゼを産生することで歯周組織や血液中のタンパク質を分解し、必要な栄養素を取り込んで歯周病を進行させます。さらに細胞毒性を引き起こす硫化水素等を発生させることから、歯周病菌は生体に非常に悪影響を及ぼす狂暴な肉食細菌であるといえます。
(3)歯周病菌が「万病の元」たるメカニズム
歯周病が万病の元となるメカニズムは、以下3つといわれています。
Ⅰ 歯周病自体の局所炎症を介するもの
Ⅱ 血液・リンパ・神経経路を介するもの
Ⅲ 唾液を通じて呼吸器・消化器を介するもの
口腔内から侵入する細菌は、ピロリ菌と同様に胃酸で殺されて腸まで届くことは極めて少ないと考えられていました。しかし実際にはヒト・犬・猫それぞれの腸内細菌が存在し、腸内が無菌ということはありません。つまり全てが胃酸等で殺菌されるというわけではなく、一定程度が大腸等の消化管内へ侵入していると考えられます。
本調査において、腸内に歯周病関連菌が検出されると、さまざまな疾病において有病率が上昇することが分かりました。歯周病菌はバイオフィルムを形成する非常にやっかいな菌であり、ピロリ菌と同様に胃酸をかいくぐり腸管へ侵入し、あらゆる疾病の原因となっている可能性があることが、疫学的に証明されたと考えています。
3.『がんを含む全ての疾病予防に係る共同研究』の概要
当社では、本調査の結果を受けて、ペットだけではなくヒトも含めた『がんを含む全ての疾病予防に係る共同研究』(以下 本共同研究)を開始し、参加者を募集いたします。本共同研究では、以下の活動を行う予定です。
(1)活動内容(主旨):口腔ケアを通じたがん等の予防の検証
・適切な口腔ケアの推奨と実践を通じたがんを含む全ての疾病の予防効果の検証を行うことで、ペットは勿論のこと、ヒトにおけるがんを含む全ての疾病予防に向けた研究を推進します。
・動物病院様のみならず、ヒト医療関係者等の皆様と連携し、MA-TⓇ配合の「CRYSTAL JOY」の使用をはじめとするペットの口腔ケアの普及を通じ、ヒトの口腔ケア普及を図ります。
(2)ご参画対象者
・がんを含む全ての疾病の予防についてご興味がある方
・予防の研究を共同で進めることができる方
※医療機関・歯科医院単位でも、医師・歯科医師、歯科衛生士・看護師等の個人単位でもご参画可能です。
(3)ご参画方法
①動物病院様
・本共同研究の取組みにご賛同いただき、周知・啓発にご協力いただく。
・ペット分野の検証にご協力いただく(患者様への歯みがき商材の推奨等)。
②医療機関様・歯科医院様 ※以下いずれか
(ⅰ)共同研究の取組みにご賛同いただき、周知・啓発にのみご協力いただく。
(ⅱ)共同研究の取組みにご賛同いただき、周知・啓発にご協力いただく。
+ペット分野の検証にご協力いただく(ペットを飼育する患者様へのペット用歯みがき商材の推奨等)。
(4)費用負担について
本共同研究ご参画にあたっての費用負担はございません。本共同研究を通じた活動で特許等を取得した場合には、事務局にて判断する当該発明等への貢献度に応じ、特許料等を配分させていただく予定です。
(5)お申込み方法
以下のフォームにアクセスし、必要事項をご入力ください。
https://service.anicom.co.jp/fm/pub/pr/kyodokenkyu
●共同研究にご参画を表明された先生方のコメント
阪井 丘芳 先生(大阪大学 大学院歯学研究科 顎口腔機能治療学講座 教授)
犬にとって歯周病は避けて通れない病気で、犬は歯周病の自然発生モデル動物といえます。歯周病は、可視化が困難な微小慢性炎症であり、微小な穴から菌や毒素、炎症タンパク質が血管を介して、全身に広がります。予備実験で、歯周病細菌を有する犬は、がんを含む複数の疾患に罹患しやすいというデータを得ており、MA-TⓇを用いた口腔ケアで歯周病細菌を抑制し、疾患予防を目指す研究が大規模に開始されます。動物と国民の健康推進を目指した事業、研究者として今後注目していきたいと思いました。
安達 宏昭 先生(大阪大学 大学院薬学研究科 特任教授)
ペット用MA-T®ジェルを用いた研究成果は、データ数が多く、モデルや条件の設定も明確であることから、歯周病と傷病発症の関係性が明らかである。この結果を受けて提唱された「がんを含む全ての疾病予防に係る共同研究」は、ヒトへの応用を見据えた成果が大いに期待でき、注目に値する。
西田 亙 先生(にしだわたる糖尿病内科 院長)
長らく啓発活動を続ける中で、「ペットの力」を借りれば「飼い主さん」の行動変容をもたらすことが、比較的容易に出来るのではなかろうかと、かねてから考えておりました。
ペットの健口だけでなく「飼い主の健口」を通して、この国を真の意味での「健幸な国」へと導きたいと考えております。
田村 勝利 先生(アニコム先進医療研究所株式会社 取締役 獣医師)
アニコムグループは、これまで一貫してペットの疾病予防に注力してまいりました。本共同研究では、ペットだけでなく、ヒトへの応用も見据えた可能性を追求しています。様々なバックグラウンドを持つ方々と一緒に「人とペットがより健康に過ごせる未来」を目指していければ幸いです。
4.犬はほぼ全ての疾病の「自然発症モデル」
(1)動物愛護を前提とした介入試験のしやすさ
実験動物は、疾病の自然発症モデルとは言い難く、動物愛護の観点からも配慮が必要とされています。一方で、ヒトに多い疾病は犬でも多く、また発症までの期間も短いことから、犬は、歯周病はもちろんほぼ全ての疾病の大規模介入試験に適していると言えます。さらに犬の場合は、飼い主の追加的経済負担等も少ない状態で、介入試験を行うことが可能です。
これまで我々人間は、動物たちを愛しながらもその“可愛さ”を求めて近親交配を繰り返してきました。その結果として遺伝的多様性の低下を招き、全ての疾病になりやすいといった現代のペットを作り出してしまったものと思料いたします。このような事実に改めて目を向け、介入試験を通じて真に動物たちの健康に資する遺伝交配・口腔ケア・食事等を探求することで、愛する動物たちの健康だけでなく、動物愛護そのものも実現していきたいと考えています。
(2)予防研究のしやすさ
ヒトはそもそも遺伝的多様性が高く、また飲酒・喫煙・人間関係のストレスなど疾病の原因となる交絡因子が多数存在することから、予防研究で重要となる先天的・後天的要因の探求が困難です。一方で、犬は人為的に近親交配が繰り返されたことから遺伝的多様性が低くなっており、またヒトと比較して基本的に単一の食事・人間関係のようなストレスがない等交絡因子が少ないため、予防研究の対象として最適と考えられます。
(3)犬の発症メカニズムを見ることで疾病を減らす
上述の通り遺伝的な要因により疾病に罹り易い状態にあるものの、犬においてさまざまな疾病がみられる原因としては、「歯みがき習慣の不足が引き起こす全身性・長期炎症」と、「免疫を活性化させず腸内細菌バリエーションに寄与しない食事」の2つが考えられます。なおかつ様々な疾病にヒトよりはるかに若齢から発症し、その発症率も高くなっています。犬における疾病発症要因を理解することは、疾病の減少に必ず貢献できるといえます。
5.これからの医学で重要となる「予防医学」
これまでの医学で重要視されてきたのは、疾病の診断と治療でした。この診断・治療技術の目覚ましい進歩により、人々の寿命も大きく伸びてきました。そのような中で、今後重要になるのは「予防」だと考えています。特にヒトも動物も共通の課題といえる「がん」の予防は、長寿化が進む各国で重要な命題となっています。
さらに、予防医学を確立するためには「免疫」の数値化が必要です。本調査において、有病率との関係がみられる腸内細菌の多様性という指標の発見をしたことは、犬における免疫の一部の数値化に成功したものであると考えています。
もちろんヒトと犬では異なる点も多くそのまま転用は難しいものの、少なくともある種の動物で免疫の数値化ができたということは、ヒトでもその可能性があると考えられます。当社では、ヒト医療・獣医療双方における「予防医学」のさらなる発展に向け、是非様々な分野の方に本共同研究にご参画いただけることを願っています。